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ニューヨークのプラザホテルがなくなった!?

プラザホテルが廃業になりましたので、お知らせしておきます。

ニューヨーク・プラザホテルというのは、ニューヨークの豪華ホテルとして有名で、国連総会などで各国の要人などが泊まる宿として、要人などが宿泊するときはその国の国旗を5番街側の入り口(左写真を拡大)に並べており、国連代表などは国をアピールすることを目的として宿泊していた、というくらい影響力もあったんですね。またマイケル・ジョーダンなど著名人などが部屋を購入したりと、セレブ御用達のホテルとしても知られています。

歴史あるホテルで、1920年代のパクス・アメリカーナを代表するようなグランドホテルでした。まぁ、そのころは、移民(ヨーロッパの貧困層)が多く入ってきた後でして、アメリカで成功したカーネギーやエジソンにしろみんな、もとは貧困移民だったわけでして、みんな欧州貴族や豪族への強い憧れというものがあったようで、その象徴として欧州のグランドホテルに憧れをもっていたんですね。丁度、ロックフェラーが精油王国なんかを作ったり、フォードがT型フォードの生産を開始したり、アルカ・ポネがアメリカの国家予算の10分の1を所得したり、それでまた第一次大戦に勝利し欧州から悠々と凱旋帰国する兵士達、、、云々。つまり、20世紀の最初の30年というものは凄い勢いでして、アメリカはとにかく沸き立っていたわけです。そのころのアメリカの富の9割がニューヨークに集まっており、資産家なども9割がニューヨークに住んでいたんです。まぁ、そんな産業革命での成功者でも資産は形成しましたが、血筋や家系に歴史がない。そんなアメリカンドリーマー達が憧れ、富、資産、欧州貴族の象徴のようなものがプラザであったわけです。

例えば、それでプラザってのは、ロバート・レッドフォード主演の映画、グレート・ギャッツビーなどでランチキ騒ぎの舞台になったり、実際に、原作を書いたスコット・フィッツジェラルドが1920年代に豪遊していた場所がプラザだったわけで、プラザってのはそんな裕福層のアイコンだったんですね。

しかしながら、今日、旅行業の立場からいえば扱いにくいホテルでした。ホテルの部屋の種類がたくさんありまして、グループなどで泊まる時は、同じグレードの部屋なのに2階などは部屋の天井の高さが異常に高かったり、他は逆だったり、部屋の大きさも違うんです。とにかくでかいホテルでエレベーターは遅いし、上から見ると口の字型のホテルですから南側の部屋などに行く際には本当に時間がかかった。それで、中庭向きの部屋は窓が小さくて、景観なんてものはないですが、北側の部屋などは目の前がセントラルパークで緑が本当に美しい。鍵もカードキーじゃなくてシルバーの鍵でしたね。カードキーは使い捨てなんですが、これだけは返さないといけなかったりで、面倒ですよね(そういえば、あとニューヨークのフォーシーズンズもそうですね)。ビジネスセンターのネットが遅かったり、配管が古くて水が流れない部屋などもありましたね、、、まだ話せばいろいろありますが、、、。

でもやっぱりプラザは凄いホテルだったんでしょうね。誰もプラザより長生きしている人はいないんですから、それだけ世界の歴史を見てきたホテルなんでしょう。1985年などプラザ合意ってのがありまして、1ドル240円だったのが一年後には120円まで円高を進めたんですね。団塊の世代のお方には記憶されていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。その頃のアメリカは金利が10%を超える時代でして、日本はこれで低金利政策からバブルの絶頂に突入する、いわばそんなバブル時代の幕開けがまたこのホテルから発せられたというのも今となっては伝説でしょうね。

それだけではありませんね。プラザは映画の中にもたくさん登場しています。上にあげたグレートギャッツビーなどもそうです。これは映画よりも小説の方がおもしろいですね。日本語訳でもフィッツジェラルドの世界を知ることはできますが、淡々としたフィッツジェラルドの英語の方がおすすめです。他にもホームアローン2や、ウッディーアレンのアニーあたりはご存知の方も多いと思います。アル・パチーノのセント・オブ・ザ・ウーマンでしたか、ここでは一階の美しいカフェが出てきますね。他にも何十という映画に使用されています。

ただ、プラザはなくなりましたが、改修工事が終わったら、高級コンドとして再オープンするそうです。その際には、部屋の4割ほどがホテルとして残るようですから、改修後にはさらに豪華なホテルになっていることでしょう。おそらく一室$600くらいからになるでしょうが、、、。

ニューヨークの近代建築(高層化建築)時代の到来からおよそ一世紀。古いホテルは機能しませんから、、、これから同じように生まれ変わるホテルもたくさん現れるでしょう。新しい姿に期待しましょう。

トリビア
プラザホテルは、一時期日本企業が持っていたことがあります。それはどの企業でしょうか?

”ニューヨークのプラザホテルがなくなった!?”へのコメント| 

”yorkn ”様からの口コミ:

プラザホテルが無くなるとはね。
綺麗な白いお洒落な外観は残されるでしょうか。

確か、日本航空じゃ無かったかな?

”たかし ”様からの口コミ:

へぇ〜へぇ〜…90へぇ thum プラザホテルってこんなトピックがあったんですか。一度、泊まればよかったかな。日本企業が持っていたとは知りませんでしたね。 Rolling Eyes どこなんですか hatena

”村川 ”様からの口コミ:

プラザホテルを持っていた日本企業は、確か青木建設だったような???

”管理者 ”様からの口コミ:

Yorkn様、4年ほど前にご連絡いたした方でしょうか。もしそうでしたら懐かしいですね。ご無沙汰しております、土橋です。たかし様、村川様、はじめまして、、、書き込みありがとうございます。

そうですね。青木建設がPlazaを持っていた時期がありました。ちょうど日本のバブル絶頂期に、三菱地所がロックフェラーを買ったりした時期で、ニューヨークやロサンゼルスの大きなビルやホテルを次々に買収していましたね。キャピタルゲインを生み出す投資の道具のように買い取っていきましたので、ジャパンバッシングの一因になりました。

ニューヨークでは、ティファニー本店ビル、プラザ、クラウンプラザ、リーガロイヤルホテルなどが日系資本の元に置かれた時代で、アメリカの経済は崩壊寸前。今をときめくロックフェラー系列のGEやcitibankなども倒産寸前の状態でしたから、日本経済は本当に脅威だったのでしょうね。

しかしながら、その当時アメリカに投資した日系建設会社は、日本国内の経済の悪化によりキャピタルゲインを得ることなく、不動産を次々に手放しました。その後、プラザもアラブの資産家の手に渡りました。

時代とともに、資産は世界を巡り、ニューヨークも様変わりしてきました。現在では、世界の多くの資産がロックフェラー系列、モルガン系列という資本に戻っています。世界のお金はやっぱりニューヨークに集まっているんですね。これからも様々な資本がニューヨークを作り上げていくのでしょう。ニューヨークは常に進化しますよ。

”yorkn ”様からの口コミ:

ご無沙汰してます。
覚えて居られたのですね。ありがとうです。
そうですか、青木建設だったのですね。
バブルの時代は、日系企業がアメリカの資本を買いあさっていましたからね。私にしてみれば本当に良い時代でした。

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